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官軍塚

戊辰戦争の末期、函館五稜郭に向かう熊本藩船が市内川津沖で難破し、130数人の死者を埋葬供養した場所です。

住所:勝浦市川津1394
HP:http://www.city.katsuura.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=29183
アクセス:JR勝浦駅から車で10分
駐車場:30台
トイレ:あり(車いす用トイレあり)
敷地内施設:展望台・東屋・芝生スペース・中村汀女の句碑・斉藤茂吉の歌碑
問い合わせ先:勝浦市観光協会0470-73-1658

戊辰の役で旧幕府の海軍副総督榎本武揚は、北海道函館の五稜郭に拠って官軍に抵抗し、維新政府から鎮圧を命ぜられた津軽藩も容易に平定できませんでした。津軽藩は藩主の実兄が熊本藩主であった縁故を頼り、肥後に援助を要請しました。
明治2年2月12日(旧歴1月2日)援軍は米国汽船ハーマン号を雇って隊長、寺尾九郎右衛門の指揮す る肥後十二番大隊、重士隊、大砲隊、五番隊、十四番隊など三百五十人が乗船、北海道に向かいました。しかし、翌日夜川津沖の岩礁地で漁師仲間が俗に「関東の鬼ヶ島」と呼ぶ難所で、大暴風雨に遭い難破してしまいました。
川津の住民は救助活動にあたりましたが200人以上の犠牲者を出してしまいました。この遭難者を埋葬、供養したのが官軍塚です。